自律型人材を気にする男性が増加
逆説的なことだがマネーゲームを推進するにしても、信頼が確立していない社会ではゲームすら成り立たないのである。
いま金融化されたアメリカにおいても、よそよそしい社会が生まれつつある。
九○年代のなかごろ、政治学者Pは奇妙なことに気がついた。
八○年から九三年にかけて、アメリカ国民でボウリングをする人は全体で一○%増えているのに、仲間といっしょに楽しむ人は四○%も減っていた。
増えたのは、たったひとりでボウリングをする孤独な人びとだったのである。
アメリカは草の根の市民社会が発達し、それが民主主義や地域社会を支えているといわれてきた。
しかし、調べてみると各種の団体に参加して積極的に活動を行っている人口も、四分の一ほど減っていた。
この傾向は、宗教組織、労働組合、地域団体でも同様だった。
Pは論文を書いた後も研究を進めて、二○○○年に「孤独なボウリング」(柏書房)として刊行した。
すでにアメリカを中心に、インフラなどの「社会資本」とは別に、信頼や人間関係を支える「社会関係資本(ソーシャル・キャピタルとに着目する調査や研究が盛んになっている。
いかに金融経済が隆盛をきわめ、経済的成功を収める人が輩出しても、社会関係資本が損なわれ平均的な生活の質が下落していくと、社会は不安定になり社会費用が急速に上昇していく。
もちろん、国民全体の満足感も低下していくわけである。
興味深いのは、米国では八○年代から宗教組織が復活し、それが荒廃した地域社会を復活させているといわれたが、必ずしもそうではなかったことだ。
各種の調査や研究は、新しい宗教組織は個人的救済には関わっても、政治献金組織として機能することが多く、地域社会への積極的な参加には結びついていないことを示している。
この「孤独なボウリング」現象は、アメリカ社会に特有のこととしてすますわけにはいかない。
孤独なボウリングをする人が増加していった時期のアメリカは、まさに「規制緩和」の嵐が吹き荒れ、「金融経済」がビジネスを支配していった時期にあたる。
この現象は、これから日本で加速するものであり、すでにいま進行中の現実なのである。
私たちに必要なのは、金融への憎悪や嫉妬から現在の資本市場を守ることではなくて、金融の暴走や破壊を避けるために資本市場を飼いならすことだ。
つまり、「セイヴィング・キャピタリズム」ではなくて、むしろ「テイミング・キャピタリズム」が必要なのである。
こうした話が出てくるたびに思うのは、現在のビジネスに必要な能力を、子供のうちに前もって身につけさせておけば、さぞかし有能なビジネスマンが出来上がるだろうとの、まったくご都合主義的な思い込みによる性急さが日本の教育を毒しているということだ。
金融経済への傾斜は、教育にも影響を与えている。
中央教育審議会が「小学校高学年で英語を必修にする」との方針を示したと思いきや、こんどは某大銀行グループが小・中学生向けの金融教育について大学と共同研究を始めるという報道があった。
ITブームの際には、経済団体が小学生にインターネット教育をして、情報に強い人間を養成しようと提唱したことがあっすでに中央教育審議会に対しては、英語教育の現場に立つ人たちから厳しい批判が浴びせられている。
小学校でときどき英語を教えたくらいでは「英語ごっこ」に終わり、使える英語の基礎になるどころか、かえって悪い癖をつけてしまうだろうというのである。
金融についても同じだ。
最先端の金融取引には法律や金融工学の知識が必要で、それは本格的な法学や高度な数学の習得が前提になっている。
もちろん、経営学や経済学の素養も要求される。
小学校や中学校で多少の金融知識を身につけたくらいでは、それが将来的に役に立つものになるとは思えない。
IT教育ブームの際にも、現在の技術レベルに合わせた低年齢者のIT教育は、まったく無駄になるという批判がアメリカですらあった。
教育を受けた者が実社会に出たときには、すでにイノベーションが進み、そのころには身につけた技術は時代遅れになっている可能性が高いからである。
しかも教育とその成果との間には複雑な関係がある。
子供のころには科学に興味をもっていた人が、成人したころにはすっかり文学青年になっていたりするのは珍しくない。
未来の先取り教育が、いかに難しく虚しいか分かるだろう。
日本語の「読み書き」と、算数レベルの「ソロバン」をしっかり身につけさせることが基本で、それだけでも実は大事業なのだ。
そして余裕があれば、社会の「信頼」の大切さと金融の「信用」とのつながりを、噛み砕いて教えてあげればよいのである。
私たちが子供たちに何を教えるべきかの順序は、私たちが何を大事にすべきかの順序でもある。
マスコミで伝えられた事件の表層だけでなく、「なぜ、このような一連の事件が起こったのか」を考えてみたいと思った。
そして、「こうした事件はこれからも起こるのか」を検討してきた。
というのも、二○○七年五月には揉めに揉めた末に一年延期された「三角合併」が解禁になり、また、E事件の発覚で一時凍結されていた「エネルギー完全自由化」についての検討も再開されるからだ。
企業合併手法の解禁やエネルギー産業の再編が、どうしてH事件やMファンド事件と関係があるのか、不思議に思った人もいるに違いない。
しかし、この関係にこそ、最近起こった一連のインサイダー事件と、日本経済変貌の秘密を解き明かす、大きな手がかりがあることを、すでに読者は理解していただけたことと思う。
日本がさらに規制緩和という形で金融化(証券化)されるのは、これからが本番なのである。
いまのうちに、何が起こるのかについて考えておく必要がある。
また、規制緩和そのものについても、発想の転換を試みるべきだろう。
OのM会長の公民混同を批判する論者でも、規制緩和そのものは無条件に正しいことと認めることが多い。
だが、規制緩和を正当化してきた論理とは、Bの「富の最大化は正義」そのものなのである。
構造改革派の学者たちの論文を読んでみるとよい。
そこにはB流法学では、規制緩和を行って金融を初めとする多くの分野の規制を取り去れば、「富の最大化」に近づくというわけだが、B自身が開拓した「法と経済学」というジャンルにおいてすらも、Bの議論にはいくつも問題が指摘されている。
たとえば、公的権力によってAという地域にあった工場を、もっと立地条件のよいBという地域に移すことにした場合、移動によって社会全体の「富の最大化」が実現されれば、A地域に生じる失業増大などの損失は甘受すべきということになる。
では、損失を受ける人たちと公的権力との「合意」は必要ないのだろうか。
Bは、損失を被ったA地域住民は実は工場の移動前に利益を得ていたのだから「事前補償」されていたことになり「合意」は必要ないと強弁したが、支持者は多くない。
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